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TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の交渉にあたりISDS条項の締結に反対し交渉状況の情報公開を求める会長声明
TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の交渉にあたり
ISDS条項の締結に反対し交渉状況の情報公開を求める会長声明
2015年2月4日
金沢弁護士会
会長 飯 森 和 彦
[趣旨]
当会は,政府が交渉に参加しているTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に関して,
1 同協定に含まれるISDS(国家と投資家の間の紛争解決)条項が,憲法の定める司法・立法・行政の機能と相容れず,国民主権という基本原理を脅かすものであるので,これに反対するとともに,それが不可能であれば,TPP交渉から脱退することを求める。
2 同協定への参加をめぐる交渉は,秘密交渉として行うべきではなく,国民主権原理に基づく国会の権能を踏まえ,議論に必要な情報の公開をできるようにするための交渉を求めるとともに,それが不可能であれば,TPP交渉から脱退することを求める。
[理由]
第1 ISDS条項について
1 ISDS条項とは ISDS(Investor-State Dispute Settlement)条項とは,投資家と投資受入国との間で投資紛争が発生した場合に,投資家が当該紛争を国際仲裁等を通じて解決するという規定であり,投資関連協定における中核的な規定の一つである。 現在世界各国で締結されている投資関連協定の大多数がISDS条項を含んでいることから,TPPへの参加にあたっても,他の参加国との間でISDS条項を含む投資協定が締結される可能性が高いと考えられる。
2 ISDS条項に基づく仲裁手続
ISDS条項を締結した国家間では,投資家と投資先の国家等との間に生じた紛争は,以下のような解決手段を利用できるとされる。
⑴ 投資家が締結国(投資受入国)の政府ないし地方政府の投資協定違反行為によって損害が発生したと主張する場合,その紛争解決手続を国際仲裁機関(政府機関ではない私設の裁判機関)に求めることが可能である。
⑵ 国際仲裁機関による仲裁手続では,ISDSの実体規定である,
① 最恵国待遇(相手国の投資家及びその投資財産に対して,第三国の投資家に与えている待遇より不利でない待遇を与えること)
② 内国民待遇(投資家を投資受入国の国民または企業と同等に扱うこと)
③ パフォーマンス要求(投資活動に対する特定措置の履行要求)の禁止
④ 直接収用及び間接収用(所有権等の移動を伴わない投資財産の利用や収益の障害となる措置)の禁止
⑤ 公正衡平待遇義務(公正かつ衡平な待遇並びに十分な保護及び保障を与える義務 等に基づいた裁定がなされる。
⑶ 国際仲裁機関の裁定には強制力があり,投資受入国の裁判所での手続を経なくとも強制執行手続が可能となる。
3 ISDS条項は国家の司法権に広範な例外を設けるものである
憲法76条1項は,「すべて司法権は,最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」と規定している。そして,司法権とは,具体的な争訟(権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争)について,法を適用し,宣言することによって,これを裁定する国家の作用をいう。 ところが,ISDS条項では,2⑴で述べたように,憲法上は国家の司法権に属する国内の具体的な争訟について,国家の関与しない私的な仲裁制度によって終局的に解決することを認めているほか,2⑶で述べたように強制執行の申立権まで認めている。
日本の現行法で,国際法に基づく司法権の例外とされているのは,外国の外交官による特権の場合と,日米地位協定に基づくアメリカ軍関係者の場合(例外は一部に限られている)しかない。日本がISDS条項を含むTPPに加盟した場合,加盟国の投資家(外国企業)すべてに仲裁の申立権,日本の裁判所による承認手続を経ない強制執行申立権が認められることになり,司法権に極めて広範な例外が認められることとなる。
このような広範な例外を認めることは,「すべて司法権は」と規定した憲法76条1項の趣旨に反するものである。
4 ISDS条項は立法行為を萎縮させ国民主権を脅かしうる
2⑵で述べたとおり,ISDS条項には国際仲裁機関が規範として適用する実体規定が存在する。これらの規定はいずれも「収用」「公正衡平」といった抽象的な文言で定められており,何が投資協定違反行為にあたるのかが明確に規定されていない。
このことから,経済取引に関するルールを定める立法の必要性があっても,投資協定違反行為であるとして国際仲裁機関から多額の損害賠償命令を受けることを回避しようとするばかり,国権の最高機関である国会の立法行為,あるいは内閣・地方公共団体による規則制定行為に萎縮効果を及ぼす可能性がある。
また,条約が国内法に優先するということからも,外国投資家の利益を保護するための手続であるISDS条項により,国民主権・民主主義という憲法の基本原理が脅かされる可能性すらある。
5 小括
これまでに述べたことから,ISDS条項は,司法権,立法権及び行政権のいずれの国家作用についても,その本来の機能と相容れないものであり,ひいては国民主権という憲法の基本原理を脅かす可能性すらある内容を含むものである。そこで,当会はこれに反対し,それが不可能であれば,TPPへの参加に対し,反対する。
第2 交渉状況の情報公開について
1 TPP交渉の目的
TPPは,関税のみならず,広く非関税障壁一般の撤廃を目的とした協定であり,日本は2013年7月から交渉に参加している。
2 情報公開の必要性
非関税障壁とは,広く国家の規制,制度や慣行を意味する。
このうち,経済活動に対する国家の規制は,国民の生命・健康・財産といった国民生活全般のほか,環境の保護をも目的としてなされるものであるため,それらの規制の撤廃は,これら国民生活や環境,ひいては日本社会に多大な影響を与える可能性が極めて高い。
そのため,これら規制の撤廃を目的とするTPPについては,国民が十分な情報を得た上で,その是非につき議論がなされなければならないことは自明である。
3 秘密保持契約の存在とそれにより生じる懸念
⑴ しかるに,TPP交渉では,交渉参加に先立ち,秘密保持契約を結ぶという異例の秘密交渉の方式が採られている。さらに,TPP発効後,もしくは,TPPが合意に至らなかった場合は,最後の交渉会合から4年間は,交渉原文,各国政府の提案,添付説明資料,交渉の内容に関するEメールおよび交渉の文脈の中で交換されたその他の情報を秘匿することが求められているとの報道がある。
そのため,国民や国民の代表者たる国会が,TPPに関し十分な情報を得ることも出来ず,当然,TPPやその内容の是非につき国民的議論を行うことは甚だ困難である。
⑵ このような状況下では,TPPに関する条約締結に関する国会の承認(憲法61条,73条3号但書)を経るに際しても,国会に対し秘密保持条項を根拠として必要な情報を与えられず,国会は,意味内容が十分に確認できない条約に対し承認を迫られることとなる。
これは,条約に対する承認権を国会に与えている国民主権の趣旨を没却するものと言わざるを得ない。
⑶ また,TPPの内容が不明確なまま承認をする場合,国会は,条約承認時において国内法の改正について十分な議論ができず,条約締結後も同様に,関連する国内法の改正を十分な審議ができまま議決することを余儀なくされる。
これは,事実上,国会による十分な議論を経ずに国内法を改正することとなるため,国会を唯一の立法機関と定めた憲法41条の趣旨にも反する。
4 小括
よって,TPP交渉は,秘密交渉として行うべきではなく,国民主権原理に基づく国会の権能を踏まえ,議論に必要な情報が公開されるべきである。それが不可能であれば,わが国はTPP交渉から脱退すべきである。