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秘密保全法制定に反対する会長声明
2011年8月8日に「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」が発表した秘密保全法制を早急に整備すべきである旨の「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」(以下「報告書」という。)を受けて,政府は,「秘密保全法」(仮称)の立法化作業を進めている。当会では,2012年6月30日,富山県弁護士会との共催で,秘密保全法についてのシンポジウムを開催したが,同シンポでは,以下に述べるように,同法の内容は,憲法の保障する人権及び憲法上の諸原理を侵害する危険性を有しており,国民の間で議論が十分になされていない状況下で立法化を早急に進めることは,民主主義国家の政府の態度として極めて問題であることが浮き彫りになった。
1 立法の必要性がないこと
そもそも,秘密保全法を制定しようとする動きのきっかけとなったとされる尖閣諸島沖中国船追突映像流出事件は,国家秘密の流出などとは到底言えない事案であり,秘密保全法を立法する必要性はない。また,報告書では,秘密保全法制の必要性を基礎付けるため,「主要な情報漏洩事件等の概要」が資料として添付されているが,情報漏洩に関してはいずれも国家公務員法100条(罰則同109条)や自衛隊法59条(罰則同118条)等の現行法制で十分に対処できるものであり,新たな法制を設ける必要性はない。
2 「特別秘密」概念が広汎かつ不明確であること
秘密保全法においては,保全措置の対象となる「特別秘密」として,①国の安全,②外交,③公共の安全及び秩序の維持が掲げられている。しかし,「特別秘密」の概念は曖昧かつ広汎であり,特に③公共の安全及び秩序の維持は,国民の生活全般に関係する広汎な情報が含まれる可能性がある。また,「特別秘密」の指定権者が当該情報を扱う行政機関等とされており,その恣意的判断によって,本来国民に開示されるべき情報が統制・隠蔽される危険性がある。3 禁止行為の広汎性
禁止行為には,漏洩行為の独立教唆,扇動行為,共謀行為が含まれ,さらに「特定取得行為」と呼ばれる秘密探知行為についても独立教唆,扇動行為,共謀行為を処罰しようとしており,単純な取材行為すら処罰対象となりかねず,禁止行為も曖昧かつ広汎に及ぶ。報道機関による取材活動に対する萎縮的効果が極めて大きく,取材の自由・報道の自由を侵害し,引いては国民の知る権利や民主主義制度自体にとっても大きな脅威となる恐れがある。また,同法では,これらの禁止行為に該当する場合に刑罰を科すことが想定されているが,前記の「特別秘密」概念の曖昧さと相まって,処罰範囲が広汎かつ不明確となることが避けられず,適正手続及び罪刑法定主義(憲法31条)に反するおそれがある。さらに,秘密保全法違反で起訴された者の裁判手続は,検察には「特別秘密」の内容の開示義務がなく,その内容を明らかにしないと考えられることから,憲法に定められた基本的人権である公開の法廷で裁判を受ける権利や弁護を受ける権利が十分に保障されないおそれがある。
4 規制対象者に対する過度の管理体制が人権侵害となる恐れがあること
規制対象者となる「特別秘密」の情報取扱者は,取扱業務者と業務知得者とされており,公務員等に限らず,委託を受けた民間事業者,研究者,企業の技術者など広汎にわたる。報告書では,情報取扱者に対し,「特別秘密」を取り扱う適性があるか否かを判断する「適格評価制度」の創設が必要とされている。しかし,「適格評価制度」においては,行政機関や地方公共団体が,情報取扱者にその関係者まで含めて「特別秘密」を取り扱う適格があるかどうかを思想・信条やセンシティブ情報にまで立ち入って調査し,評価するという制度であり,国民のプライバシー権,思想・信条の自由を侵害する恐れがある。
5 情報公開の必要性,知る権利等の侵害
日本国憲法が採用する国民主権原理を実効あらしめるためには,政府情報の公開が大原則であり,例外を認めるには極めて慎重に判断しなければならない。福島原発事故への対応に代表される情報公開における政府の不十分な対応からすれば,現状においては更なる情報公開が必要とされているというべきであり,秘密保全法制を設けることは,このような流れに逆行するものであり,国民主権原理,国民の知る権利,報道の自由・取材の自由,学問・研究活動の自由,言論・表現の自由,出版の自由等をも侵害するおそれも極めて高い。以上の理由から,当会は,秘密保全法の制定には反対であり,法案が国会に提出されないよう強く求めるものである。
なお,日本弁護士連合会は,2012年5月25日の総会において,同じく同法案に反対する旨の決議を行っている。また各地の単位弁護士会でも,同趣旨の決議や会長声明が多数発せられている。
2012年(平成24年)7月26日
金沢弁護士会
会 長 奥 村 回