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死刑執行に抗議する会長声明
死刑執行に抗議する会長声明
第1 趣旨
当会は,平成28年(2016年)3月25日になされた死刑執行(被執行者2名)に強く抗議する。
当会は,政府に対し,死刑の執行を直ちに停止した上で,死刑制度やその運用状況に関する情報を国民に対して積極的に公開して,死刑制度の廃止に関する全社会的論議を促し,死刑制度の廃止に向けての抜本的な制度の改善を行うよう強く求める。
第2 理由
1 死刑存廃問題の位置づけ
そもそも,死刑は,国家が個人の生命を侵害する刑罰であり,罪を犯した人の更生と社会復帰の可能性を完全に奪い取るものであるから,個人の尊厳を基調とする憲法の理念に照らせば,死刑のない社会が望ましいことは論を待たない。 もっとも,死刑制度の存廃問題は,社会が重大な罪を犯した人に対してどのように向き合っていくのかという社会のあり方を決める重大な問題でもあるから,これには全社会的論議が尽くされなければならない。 われわれ弁護士は,基本的人権を擁護し,社会正義の実現を使命とする者として,死刑のない社会が望ましいとの認識のもと,死刑制度の存廃問題に真正面から取り組んでいく決意である。
2 死刑存廃問題をいま改めて論議すべき社会情勢の変化がみられること
我が国の最高裁判所は,昭和23年(1948年)3月12日判決において,「憲法は,現代多数の文化国家におけると同様に,刑罰として死刑の存置を想定し,これを是認したものと解すべきである。」として,死刑制度を合憲とした。 しかしながら,同最高裁判決から65年以上が経過し,国内外を問わず,死刑制度をめぐる社会情勢に顕著な変化がみられる。 まず,国際的には,死刑廃止に向けた大きな潮流の中で,我が国は数少ない死刑存置国の一つとなり,国連からも死刑廃止を求める勧告を受け続けており,そして,国内においても,平成21年(2009年)に裁判員制度が導入され,死刑判決に一般市民が裁判員として関与する場合もあるから,一般市民も死刑の問題に無関心ではいられない状況にあるといえる。 その意味で,死刑制度存置の是非について改めて全社会的に論議しなければならない時を迎えているといえる。 なお,死刑を法律上又は事実上廃止している国は,昭和23年(1948年)当時,わずか8か国であったが,平成26年(2014年)現在,世界全体の約70%に相当する140か国と急激に増加し,死刑が非人道的な刑罰であるとの認識が全世界的に広まりつつある。とりわけ,OECD(経済協力開発機構)に加盟する先進諸国(34か国)のうち,死刑制度を存置している国は,日本,韓国,アメリカ合衆国のみであり,韓国は,死刑執行を停止する事実上の廃止国であり,アメリカ合衆国も死刑を廃止する州が年々増加する傾向にある中で,死刑を国家として統一して執行するのは日本だけである。このような状況から,我が国は,国際人権(自由権)規約委員会より,平成20年(2008年),「世論調査の結果にかかわらず,死刑の廃止を前向きに検討し,必要に応じて,国民に対し死刑廃止が望ましいことを知らせるべき」と,平成26年(2014年)には,「死刑の廃止を十分に考慮すること」「死刑の廃止を目指して規約の第二選択議定書(死刑廃止条約)への加入を考慮すること」との勧告を受けている。
3 死刑制度やその運用状況に関する情報が広く開示される必要があること
政府は,平成19年(2007年)12月以降,被執行者の氏名,生年月日,犯罪事実,執行場所について公表するようになったものの,それ以外の情報については依然として明らかにしておらず,死刑存廃問題に関する全社会的な論議をするに足りる情報を開示しているとは到底いいがたい状況にある。このような状況は,とりわけ死刑求刑がなされた刑事裁判に裁判員として参加した市民にとっては,死刑制度に関する十分な情報が与えられないまま究極的な量刑判断を迫られてしまうことを意味する。裁判員に課せられる過重な心理的負担の軽減措置も何ら講じておらず現状をこのまま放置することは許されない。 そこで,死刑制度に関する全社会的論議を促す前提として,また,裁判員裁判との関係においても,政府は,国民に対して,死刑制度やその運用状況に関する情報をできる限り幅広く開示すべきである。 そして,このような情報開示がなされて死刑制度に関する全社会的論議が尽くされないうちは暫定的にでも死刑の執行を停止すべきである。
4 えん罪・誤判が事後に判明した場合に取り返しがつかないこと
そもそも刑事裁判においてえん罪・誤判の危険性を完全に払しょくすることは不可能であり,死刑事件についても同様である。とりわけ,死刑は,他の刑罰とは異なり,いったん執行されれば,事後的にえん罪・誤判が明らかとなった場合に取り返しがつかない事態に陥ってしまう刑罰であることを忘れてはならない。 現に,死刑判決が言い渡され,確定したにもかかわらず,再審により無罪となった事件が過去に4件もある(免田事件,財田川事件,島田事件,松山事件)。近時でいえば,死刑事件である袴田事件について,平成26年(2014年)3月27日,静岡地方裁判所は,再審を開始し,死刑及び拘置の執行を停止する判決が下されており,えん罪・誤判の危険は現実のものである。
5 よって,当会は,以上のとおり,会長声明を発出する。
以上
2016(平成28)年3月25日
金沢弁護士会
会長 西村 依子