-
地方消費者行政の拡充・強化を求める意見書
地方消費者行政の拡充・強化を求める意見書
平成29年8月23日
金沢弁護士会
会長 橋本 明夫
第1 意見の趣旨
1 地方消費者行政推進交付金の継続
国は,地方消費者行政推進交付金の実施要領について,その適用対象が平成29年度までの新規事業に限定されている点を,平成30年度以降の新規事業も適用対象に含めるよう改正するとともに,消費者行政の相談体制,啓発教育体制,執行体制等の基盤整備も適用対象に含めるよう改正した上,同交付金を少なくとも今後10年程度は継続すべきである。
2 国の事務の性質を有する消費者行政費用の恒久的な財政負担
国は,地方公共団体が実施する消費者行政機能のうち,国と地方公共団体相互の利害に関係する事務に関する予算の相当部分について,消費者安全法第46条及び地方財政法第10条を改正し,国が恒久的に財政負担する事務として位置付けるべきである。
3 地方消費者行政職員の増員と資質向上
国は,地方消費者行政における法執行,啓発や地域連携等の企画立案,他部署・他機関との連絡調整,商品テスト等の事務を担当する職員の配置人数の増加及び専門的資質の向上に向け,実効性ある施策を講じるべきである。
第2 意見の理由
1 地方消費者行政推進交付金継続の必要性
(1)消費者被害の増大
全国の消費生活センターに寄せられた消費者被害やトラブルに関わる苦情・相談件数は,昭和60年までは10万件以下であったものが,その後激増し,ここ10年程は90万件前後で推移しており,過去30年間に約10倍に増加したまま高止まりの状態にある。とりわけ,高齢者の消費者被害・トラブルは増加の一途をたどっており,判断力が低下した高齢者の弱い立場につけこむ悪質商法が深刻さを増している。
それにもかかわらず,消費者被害に遭った人のうち,消費生活センター等行政の相談窓口に相談・申出をした人は,わずか7%にとどまる。苦情・相談件数が年間90万件に上るといっても,氷山の一角にすぎない。
消費者庁の推計によれば,潜在的被害を含む消費者被害・トラブルの合計額の推計は,平成27年は約6.1兆円に上る。これは国家予算約98兆円のおよそ6%にあたり,毎年,甚大な被害が地域社会の中で発生しているのである。
(2)地方消費者行政予算及び相談体制整備の状況と課題
平成21年に消費者庁が創設され,地方消費者行政の拡充が議論されたことにより,地方消費者行政に特定した財源である「地方消費者行政活性化交付金」等の交付措置がとられた。その後「地方消費者行政推進交付金」に変更して交付金が継続され,これにより地方公共団体の相談体制の整備がなされてきた。
しかし,地域の消費者被害を防止する高齢者見守りネットワークの構築や,消費者安全確保地域協議会の設置等の取組みはまだ日が浅く,市町村ごとに大きな格差が存在する。
また,都道府県が設置している消費者行政担当課には,特定商取引法による行政処分権限が付与され,被害の拡大を防止する役割が期待されるところであるが,都道府県による事業者に対する特定商取引法に基づく指示,業務停止命令についての法執行件数をみると,ピークだった平成22年以降減少している上,平成25年度以降の行政処分件数が0件の自治体が17あり,地域間の格差が顕著にみられる。
(3)交付金継続の必要性
上記のとおり,平成21年以降,国は地方公共団体に対し,地方消費者行政推進交付金等を交付し,地方公共団体による主体的な地方消費者行政の拡充・強化を支援してきた。その際には,地方消費者行政推進交付金の実施要領として,平成29年度までの新規事業を適用対象事業として限定的に定めることにより,地方公共団体が早期に積極的な体制整備に取組むことを促してきた。
このような支援により,消費者生活相談体制等消費者のための事業が整備されてきた実績は,国の支援方策の大きな成果だと評価できる。しかし,交付金の適用対象事業を平成29年度までの新規事業に限定する旨の現行の実施要領では,上記の高齢者見守りネットワークへの取組みや法執行における地域格差を固定化し,地方消費者行政の必要最低限度の体制整備(いわゆるナショナルミニマム)すら確保できなくなることが危惧される。
平成28年,全国知事会等地方公共団体関連団体並びに20の都道府県が,地方消費者行政の拡充に向けた国の財政措置を要望する意見書を提出しているが,上記のような地方の実情を如実に示すものといえる。
(4)結語
以上より,地方消費者行政推進交付金の実施要領を改正し,その適用対象を平成29年度までの新規事業に限定されている点を,平成30年以降の新規事業も適用対象に含めるよう改め,相談体制,啓発教育体制,法執行体制等の基盤整備も適用対象に含めた上,さらに少なくとも今後10年間は継続をすべきである。
2 国による消費者行政費用の恒久的な財政負担
(1)地方財政法第10条及び消費者安全法第46条
地方財政法第10条は,「地方公共団体が法令に基づいて実施しなければならない事務であって,国と地方公共団体相互の利害に関係がある事務のうち,その円滑な運営を期するためには,なお,国が進んで経費を負担する必要がある次に掲げるものについては,国が,その経費の全部又は一部を負担する。」として,全国的に影響する事項や,地域格差を解消し最低限の基準(ナショナルミニマム)として確保すべき事項を列挙している。
また,消費者安全法第46条は,「国及び地方公共団体は,消費者安全の確保に関する施策を実施するために必要な財政上の措置その他の措置を講ずるよう努めなければならない。」と定めている。
(2)消費生活相談情報等の収集事務
地域で発生する消費者被害の防止及びその救済は,基本的に自治事務だとされている。たしかに,消費生活センターにおいて地域の消費者の相談を受付け助言する部分をみれば,地域の住民サービスの性質を有するといえる。
しかし,相談にあたり法令違反行為の有無を聴取し,その相談情報を法令上の義務として全国消費者情報ネットワークシステム(PIO-NET)に登録して全国で情報共有し,悪質業者の排除等の法執行に活用することは,広域的被害を防止する国の消費者行政事務のうち,情報収集事務を地方公共団体が担っているものといえる。また,消費者安全法に基づく重大事故情報を地方公共団体から国に通知する業務も,国の消費者被害情報の集約事務の一端を,法令に基づき地方公共団体が分担していることにほかならない。
(3)法執行事務
インターネット取引被害や電話勧誘販売被害等にみられるように,消費者被害を発生させる事業活動の多くは広域的に活動する事業であり,地方公共団体が違法な事業者を早期に規制して被害の拡大を防止することは,国が対応すべき事務を地方公共団体が担っているものである。
この点から,特定商取引法や景品表示法に基づき違反業者に対する行政処分を執行することは,わが国の市場の公正を確保する役割を地方公共団体が担っているといえる。ところが,近年は地方公共団体による法執行件数が大幅に減少している状況にあり,その要因は職員不足にあるとの指摘がされている。
(4)適格消費者団体の活動費
適格消費者団体は,消費者契約法,特定商取引法,景品表示法等の違反行為の差止請求業務を通じ,わが国の市場の不当契約条項や不当表示を監視している。これらの業務によって,適格消費者団体は取引の公正を確保する役割を担っているといえ,国の事務の一端を民間団体が担っていると評価できる。
(5)消費者安全法第46条及び地方財政法第10条の改正
そこで,国は,地方公共団体が実施する消費者行政事務のうち,消費生活相談情報のPIO-NET登録,重大事故情報の通知,法令違反業者への行政処分,適格消費者団体の差止関係業務等,国と地方公共団体相互の利害に関係する事務に関する予算の相当部分について,国が恒久的に財政負担する事務と位置付けるよう,消費者安全法第46条及び地方財政法第10条を改正すべきである。
なお,改正にあたっては,生活困窮者自立支援法第9条及び地方財政法第10条34号が,生活困窮者自立相談支援事業等に対する国の負担を定めていることが参考とすべきである。
3 地方消費者行政職員の増員と資質向上
地方消費者行政が今後取組むべき課題は,都道府県の消費者行政が法執行を適切に行うことにより悪質業者の規制を強化すること,市町村の消費者行政が地域の関係団体と連携して見守りネットワークを推進し,自らが自覚を持って消費行動をする消費者市民及びそれを支援するサポーターを育成する消費者教育を展開する等だと考えられる。そのためには,消費者行政担当職員の役割は一層重要なものとなる。すなわち,今後は消費者行政担当職員が,見守りネットワーク運動の推進等の,いわばコーディネーターの役割を果たすことが求められているといえる。
さらに,違法な事業活動に対する法執行件数が減少し,商品事故に関する原因究明や商品テスト担当職員が減少している現状に対しては,消費者行政担当職員の配置と専門性向上の施策が重要な課題である。しかし,平成21年の消費者庁創設以降も地方公共団体の消費者行政担当職員はほとんど増えておらず,職員の役割が十分に果たされていないのが現状である。
したがって,国は,地方消費者行政における法執行,啓発・地域連携等の企画立案,他部署・他機関との連絡調整,商品テスト等の事務を担当する職員の配置人数の増加及び専門的資質の向上に向け,実効性ある施策を講じるべきである。
以上