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「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」に基づく刑事罰導入等に反対する会長声明
「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」に基づく刑事罰導入等に反対する会長声明
法務大臣の私的懇談会である第7次出入国管理政策懇談会の下に設置された「収容・送還に関する専門部会」(以下,「専門部会」という。)は,昨年6月,「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」と題する報告書を公表した。この報告書を受け,昨年12月,同懇談会は,長期収容問題に対する政策の実施については,専門部会の報告書の提言内容を踏まえたものとすべきとした(同懇談会における報告書18頁)。
専門部会における報告書(以下,「報告書」という。)では,出入国管理及び難民認定に関する様々な課題について提言がなされ,その中には,在留特別許可の判断の透明性をより一層向上させるため,許可における考慮要素をより明確化し,これを公表すること(報告書22頁),施設収容を解く仮放免の要件・基準をより明確なものとし,仮放免を不許可とする場合及び仮放免の取消処分をする場合は,その理由をより具体的に告知することを求める(報告書51頁)など,現状に比べると,評価できる内容も存在する。
しかし,報告書には,以下のとおり,送還を促す目的で安易に刑事罰の導入を求め,難民申請者の送還停止効に一定の例外を設け強制送還を可能とするなど,人道上及び人権上,到底看過できない提言も盛り込まれている。当会は,このような刑事罰や難民申請者に対する強制送還措置を導入することに対して,強く反対する。
1 退去強制に応じない者に対する刑事罰の導入に反対する
報告書では,国外退去を義務付ける制度を創設したうえ,違反者に対する刑事罰の導入を提言している(報告書29頁)。
しかし,そもそも,退去強制令書が発布される手続は,すべて行政手続となっている。身体拘束という人権上きわめて重大な影響がある事項にもかかわらず,司法審査が入らない,裁判所が関与しない制度となっている。その上,身体拘束期間に上限が設定されていない。そのため,何ら弁護士の助言を得られないまま,退去強制令書を受け,長期間身体拘束を受けている外国人が多数いる。
こうした現行制度の不十分な手続しか経ていないにもかかわらず,行政判断が確定しているから,刑事罰を導入しようとする発想は,適正手続上重大な問題があり,到底賛同することはできない。
昨年8月,国連の人権理事会の恣意的拘禁に関する作業部会は,身体拘束された外国人2名のケースを審理し,日本国政府の言い分を聞いたうえで,意見書を採択した。意見書では,無期限の収容や司法審査の機会がないといった日本の現行制度の問題点を指摘したうえ,この2名に逃亡の危険性や社会への危険性はなく,長期間の身体拘束は国際条約である人権規約第9条に反すると判断し,さらに,この2名に対する補償にまで言及した。このことは,日本の退去強制手続が,国際標準から大きく乖離していることを端的に示している。
また,専門部会は,長崎県の大村入国管理センターにおいて収容されている外国人の支援活動を行っている牧師にヒアリングし,「技能実習において契約の半分の時給で働かされ,給与未払により帰国困難となった」,「家族や支援者から引き裂かれた」,「手錠や縄をつけられ屈辱である」,「刑務所よりも精神的に追い込まれた」,「7年以上も収容され,星すら見ることも叶わない」といった被収容者の悲痛な声が明らかになった(報告書20頁)。収容施設内でのハンガーストライキを現に行っているか,過去に行ったことのある被収容者の累計は令和2年1月末時点で235人にも及ぶ(報告書14頁)。こうした報告は,被収容者が個人の尊厳をないがしろにされ非人道的な扱いを受けていることや退去強制に至るまでの経緯には個々の事案ごとに固有の酌むべき事情があることをうかがわせる。
日本で長く滞在している外国人の中には,日本に生活の拠点があり本国に帰国しても本国に生活の拠点がない者や,本国に帰国すれば日本にいる家族と引き離されてしまう者,そもそも日本で生まれ育った者など,帰国させると人道的に問題が生じるケースが多々存在する。
こうした声に耳を傾けず,刑事罰を導入するという安易な発想では,長期収容の問題は解決しない。国外に退去しない者について,刑事罰を導入し一律に適用したところで,拘束される施設が入管施設から刑務所に代わるだけであって,退去強制に応じない者が減少するなどというのは,不自然である。
安易に刑事罰導入へ走ることは,刑事罰の導入は謙抑的でなければならないという刑法の謙抑性の原則にも反する。
また,弁護士や,先に述べた牧師の例など,様々な方が被収容者を支援しているが,刑事罰が導入されれば,こうした被収容者の支援者が共犯とされる可能性があり,支援活動を著しく委縮させるという重大な問題も潜んでいる。
長期収容問題の解消には,在留特別許可の許可基準をより柔軟にし,弁護士の助言を受けられる制度にするなど,より適正な手続きを導入し,個々の外国人の固有の事情が十分斟酌されるような制度設計が必要でなのであって,刑事罰の導入は,あまりに安易であり,反対する。
2 仮放免手続における刑事罰の導入に反対する
報告書は仮放免された者が逃亡した場合等について刑事罰の導入を提言している(報告書54頁)。
しかし,仮放免手続の違反者には,保証金の没収の措置があり,それに加えて,なぜ刑事罰を導入しなければならないか,報告書の提言は説得力に欠ける。
例えば,仮放免手続の違反者は,結局のところ,入管施設に収容されるという結果になるであるから,あえて,刑事罰を導入して,刑事裁判を開いて,刑務所に収容する道を開くことの意味を見出しがたい。他に検討すべき方法があるのであって,刑事罰導入への必要性がなく,謙抑性の原則に反するものである。
また,先に述べたように,被収容者の支援者が共犯とされる可能性があり,支援活動を著しく委縮させるという重大な問題も潜んでいる。
そもそも,全件収容主義による現行制度が問題であって,刑事罰の導入ではなく,まずもって仮放免の適正な運用が必要である。
3 難民申請者に対して強制送還を可能とすることに対して反対する
報告書は,複数回の申請に及んでいる難民申請者に対して,現行制度上認められている送還停止効について例外を設けることを提言している(報告書34頁)。
しかし,そもそも,日本は,諸外国と比べて,難民認定率が極端に低い。日本における非常に厳しい難民認定審査の状況においても,複数回の難民申請を行うことにより難民認定された者が存在し,また,難民認定されなかったものの在留特別許可が認められた者も相当数存在する(専門部会第3回会合,資料5)。
こうした状況を踏まえると,司法審査を経ず,弁護士による助言を得る機会も十分担保されていない現行制度下で,複数回申請をした難民申請者に対する強制送還への道を一度開けば,安易な行政解釈により,本来難民認定すべき者が強制送還の対象となるおそれがある。
日本がまず再考すべきは,難民認定を国際標準レベルに上げることであって,本来難民認定されるべき者が強制送還されるおそれのある制度設計には,反対する。
2021年(令和3年)2月26日
金沢弁護士会
会長 宮西 香