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富山県警察の違法捜査に抗議する会長声明
富山県警察の違法捜査に抗議する会長声明
最高裁判所は、令和2年6月8日、富山市でベトナム人技能実習生の男性が殺害された事件について、被告人の勾留を認めなかった判断を不服として検察官が申し立てた特別抗告を、違法捜査を理由に棄却する決定をした。
上記の経緯について、報道等によると、同年5月5日、被害者の遺体が発見され、被告人は同月11日、死体遺棄の被疑事実で逮捕された。
しかし、富山県警察は、逮捕前から、被告人を捜査官が指定したホテルにおいて6夜にわたって宿泊させ、連日、捜査官監視の下、警察署まで送迎し長時間の取り調べを行っており、その間、ホテルの部屋の前にも捜査官が張り込み被告人の動静を監視していたという。
そのため、死体遺棄の被疑事実で逮捕後、同被疑事実による勾留決定及び勾留延長決定がなされたが、弁護人からの準抗告を受け、富山地方裁判所はこれらの決定を、ホテルに宿泊させて監視を始めたころから実質的には逮捕状によらない違法な逮捕がなされており、勾留請求には制限時間不遵守の重大な違法があるとして取り消している。
その後、検察官は、殺人の被疑事実で被告人の勾留を請求したが、富山簡易裁判所に却下された。検察官は、富山簡易裁判所の判断を不服として富山地方裁判所に準抗告を申し立てたが、同裁判所は先行する手続の違法性が重大であるとして準抗告を棄却した。
その後、冒頭でも記載したとおり、検察官が最高裁判所に特別抗告を申し立てたが違法捜査を理由に棄却されたのである。
憲法33条は「何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となってゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない」として、いわゆる令状主義の原則を定めている。
同条の趣旨は、恣意的に人身の自由を奪うことが甚だしい人権侵害にあたるため、これを阻止すべく、逮捕する場合は司法官憲、すなわち裁判官が発付する令状によらなければならないと定めたのである。
そして、刑事訴訟法においても被疑者を逮捕する場合には、逮捕の必要性、相当性、令状審査、時間制限などの厳格な要件が定められており、捜査官の強大な権限行使を制約している(刑事訴訟法199条1項、2項ただし書、203条など)。
そのため、いくら任意の取り調べが刑事訴訟法198条1項で許容されているとしても、逮捕と同視しうる程度に被疑者の身体の自由を拘束し取り調べを継続して行うことは、捜査官の強大な権限行使を制約した憲法及び刑事訴訟法の趣旨に反し違法であることは当然である。
本件のように、ホテルに何泊も宿泊させ、捜査官の動静の監視の下、連日ホテルから警察署に連行し長時間取り調べを行うことは、一般的に考えれば実質的に逮捕と同視されるものと判断し得るにもかかわらず、このような捜査手法で取り調べを継続して行っていたことは、令状主義の潜脱となる極めて悪質な違法捜査であるというほかない。
そして、上記捜査手法は、被告人の人身の自由を侵害するのみならず、被告人の心身に苦痛や疲労などの重大な影響を与え、同人の自由意思をも侵害し得ることを肝に銘じるべきである。
過去、いわゆる宿泊を伴う取り調べが捜査手法として問題となった裁判例は少なからずあったにも関わらず、富山県警察においては、現在に至っても安易にこのような取り調べが行われ、また容認されていることは甚だ遺憾である。
今回の殺人の被疑事実に関し、富山地方裁判所による準抗告に対する決定及びその後の最高裁判所による棄却決定は、憲法及び刑事訴訟法の精神にしたがった当然の判断である。
富山県警察及び富山地方検察庁においては、上記裁判所の判断を真摯に受け止め、法令を軽視した捜査官の権限行使が、個人の人権に対する重大な侵害となることを十分に自覚すべきである。
当会としては、富山県警察の捜査手法に対し強く抗議するとともに、富山県警察及び富山地方検察庁においては、二度と違法な捜査が行われないよう、再発防止のための改善策を講じ、捜査官一人一人が法令を遵守する立場にあることを再認識するように求めるものである。
令和2年7月27日
金沢弁護士会会長 宮西 香